※回り回って干支の一巡
店を閉めて一週間ほど経つが、取りあえず今はボ~~として何も手につかないでいる。
閉めた店内は、しばらくは既存のままで放置しておくことで決めていたが、正直言って自分たちで頑張ってきた証を、培ってきたお客様との触れ合いを、何処で如何して区切りをつけるか?先ずは気持ちの整理から・・・・・・。
正直言って、その思い出に終止符を打てない親爺と婆が居てござる。
なんか、これまでの流れが、これまでの17年間の営みが、一瞬にして無くなってしまう恐怖、不安、惜別があって・・・・・・。
あの器にも、この蕎麦の簀の子にも、あのテーブルの一角にも・・・・・・・。
お客様から頂戴した深い深い温かい感動が強いだけに、思い出が沢山なだけに、断ち切る思いに苦慮して御座る。
特に、ババは足が悪くなっての閉店が大々なのに、閉めてからの身体状況が悪化した。
一寸ばかりの苦痛は、お客様から頂戴するパワーで何のその、閉めてから初めて知った「人と人との温もり」の大切さ。
何でだよ。本気で涙を流す宿六と、金を払って来て下さるお客様との不思議なご縁。
こうでなきゃ、おいらは蕎麦屋になんかならなったぜ!
無理に男ぶって、現実を直視しない奴もいる。無理もない、そりゃようわかるぜ。
そう、爺は店を閉じ、懐かしく昔のブログを覗いている。
2007年、その歳は亥年、12年前の記述だ。
2007年(平成19年)12月7日の「店主のひとりごと」だ。
その時のブログで「もう一巡(干支一巡の12年)の年男まで(まさに2019年)、そばを打ち続けて行けるだろうか? その時は、60歳+12年で70歳を超えている」。
bokusian.hateblo.jp
その思い叶って、この15日まで、一ヶ月を超えて暖簾を下ろすことができた。