☆「藤蔵」の名を譲り受けて
鍛冶職人の佐々木家は、江戸時代(寛永九年)、祖先の刀鍛冶「佐々木藤蔵」が越後の国今町(現在の見附市今町)に居を構えて、古来伝統の刀を主に、農具(クワ、カマ、ナタ、ハサミ)や包丁等を造っていた。
先祖の佐々木藤蔵は、佐々木家のご先祖ではないが、本家筋にあたり、当の佐々木家も鍛冶職人だった様だ。
本家が鍛冶業を廃業するにあたり、現在の哲夫氏が、「藤蔵」の名を譲り受けて、以来継承しておられるやにお聞きする。
その歴史は、200有余年、古来からの伝統の技と精神を基本に、時代背景に順応した製品を造りだしている。
厳格な職人魂と、本物の技から生まれた刃物は、鋭い切れ味、使いやすく長持ちする事で名声が証す。
天性譲り持つ柔和な性格、時として見せる遊び心、斬新な発想、芸術的な豊かな感性は、匠の作風に表れる。
その一例が、昨日御紹介させて貰った「桜模様の麺切包丁」ではあるまいか。
長い歴史を持つ「佐々木一族の鍛冶歴」、氏で18代目というから驚きだ。
巷では、歴史ある諸業種の技の継承が危ぶまれ、姿を消したりもしている。そんな中で、実に尊敬すべき存在だ。
是が非でも、佐々木鍛冶が19代、20代目にも至り、着実に継承できることを願わずにはおられない。
☆使い始めて間もなく一年
昨年の7月の冒頭、15日の5周年を前に、佐々木氏から「特注麺切り」が出来上がって届けていただいた(写真右)。
以来、使い続けて、間もなく1年が経過する。刃渡り34センチ、重量1,5キロのサイズで、一般的な物より少し大きめだが、親爺がお気に入りのサイズなのだ。
5、6丁の麺切りを有するが、うどん切りを除いては、一度たりとも他の包丁は手にしなかった。
予想以上の出来映えに惚れ込んで、すっかり親爺の手に填ってしまっている。
ズッシリとした重量感、持続し続ける鋭い切れ味、角がスパッときまって、通のお客さんからは「さすがに手打ちそば、角が立ってる」って、お誉めの言葉。
なんじゃない、麺切りのお陰、匠の技のお陰なのだ。この先、親爺がそばを打ってる間は、ずっと使い続ける事だろうね。
他の物など考えられない。別の物も手にするとしたら、一度でいいから握ってみたい。あの、タガネで描いた絵模様麺切り。
親爺の腕は、ひなちょこだけど、桜吹雪のそばが打てるかも?
☆水「刃物贈呈の舌代」
昨今は、大人になりきれぬ奇妙な人種がいて、刃物による殺傷事件も後を絶たない。
ごく最近も、大都会の往来で無差別斬り付け事件が起きて、大勢の尊い人命が失われた。
正に「馬鹿に刃物」だが、元来刃物は、上述の舌代のごとく、古来より最高の道具として大切に扱われてきた。
「舌代(ぜつだい)」とは、口上(こうじょう)に代わる、簡単な挨拶の書き付けだそうだが、佐々木鍛冶では、各々に収納する化粧箱に、冒頭「水」と認め、舌代を付して納入している様だ。
朱肉で水の刻印が押され、哲心刻と認められるのだ。
刃物で切れぬのは「水」だけ、故に「縁が切れない」との縁起から、「水」と認め刃物の上に添えている。永遠に切れる事のない縁、なるほどガッテンだ!