いやはや、お久しぶりですな〜。
ご無沙汰しておりましたが、特別変わったこともなく元氣でやってますわ。
何処を向いても、何処に行っても、寒々とした不況風、寒いの厳寒の雪国だけでもう沢山ですわね。
でもね、寒空を仰いでみても暖かくなる訳でなし、愚痴ってみてもどうにもならないんだから、こんな時は楽天的に行きましょうや。
先ずは、健康第一、まだまだこれからが正念場、干支にちなんでドッシリ、ゆったり、落ちるところまで底打ちすれば、そのうち光明が見えて来ますわいな。
しっかり充電して、不況を逆手に取るってのも、こりゃまた一興よ。
まあまあ、慌てなさんな、諦めなさるな、嘆きなさるな、落ち込みなさるな。
これが現実なんだから、謙虚にしっかり真っ向から受け止めて、何とかならあ〜ね(自分に言い聞かせてる?)
☆同級会があったが
11日に同級会があったんだね。とは言っても、僕は3連休の中日だったんで、残念ながら今回も欠席。
でも、もう諦めてたから悄気ないことにしてるんだよ。
自分で選んだ道だから当然のことなんだと思えるようになったね。
会場は新発田市の月岡温泉っていう温泉宿だったんだ。
農業の専門学校なんだが、昭和42年の卒業だから、もうかれこれ42年も経ったんだね。
県下の専業農家の若者が高校を卒業後、専門的に学ぼうと33名が集って学び、将来の夢を抱いて巣立ってから、随分と時間が経ってしまったんだね。
でもね、現実は厳しくて、専業農家で頑張ってる友は僅かで、その大半は僕のように農業から離れてしまったんだ。
もっとも、当時の時代背景(目まぐるしく変わる農政、農業情勢)がそうさせたんだが、それも人それぞれで、友人の一人に「凄い奴」もいる。
☆凄い奴
以前、ブログで何度か紹介したが、奴は40年も前に秋田の八郎潟に入植した親友なんだ。
僕が出席できないで寂しがっていると気遣ってくれて、同級会の真っ最中に携帯に電話をくれたんだよ。
同級生は33名だが、そのうち、既に4名が亡くなってしまった。出席者は17名なんだそうだ。
彼の携帯から、次々に代わってくれて、半分くらいの友と話ができた。
直ぐにでも駆けつけたい思いだったが、優しい気配りに涙が零れるほど有り難かった。
持つべきは友、本当に感謝である。
僕が欠席する事は事前に彼に知らせていた。それを知って翌日、遙々会えに来てくれる事になっていたんだね。
翌12日のお昼頃、友2人を連れて牧之庵に来てくれたんだ。
夕方は、彼ともう一人の友と三人で、近くの小料理屋で小同級会、いろんな話で盛り上がった。
泊まりは、兼ねて友人から借りていた温泉付きのリゾートマンション、夜の更けるまで語り明かし、翌日新幹線の駅まで送り、彼は秋田に帰って行った。
「凄い奴」、いまや日本一の農業経営を確立した。
自主流通米の生みの親、農業法人化の先駆者、(株)あきたこまち生産協会の代表取締役である。
農家から企業へ、いまも前線で走り続ける「凄い奴」だ。
http://www.akitakomachi.co.jp/