※このジッチャマには、暇な事ってないの?
過去に使用したブログのトップ画像(2016.5.14 写真撮影)
ブログのタイトルには、頭に「元」を付けてカテゴリーも、そのまま使うことにしてスタートした。
ブログって存在は、僕の中では「公開日記」として位置付けでいる。
牧之庵時代は、ホームページとして「広報宣伝」の側面も備えていたんで、その存在意義は大きかったが、今では単なる公開日記として捉えている。
この歳になったのに、公開日記など必要なのって思われるかも知れないけど、そういうもんでもないんじゃよ。
ホントは、公開なしで写真入りのブログを書くのがベターと思うんだけど、この歳になると面倒くさいし、それなりに気に掛けることで刺激にもなる。
牧之庵を閉めた時点で、止めてしまおうかと思ったんだけど、写真入りで残せる日記って、結構重宝するんだね。
何かにつけて写真はパチパチ撮るけど、ややもすると撮りっぱなしでデーターだけが山積される。
整理されていないから日常的に開いて見るでなし、結局撮りっぱなしで放置されている。
そこに行くとブログって奴は、日常の推移が写真入れで辿れる
何年前の今日の日は何していたんだろう?
10年前の今日の畑は? 何を作っていたんだろうか? この時期の天気回りは、作況は?
我が家の様々な足跡が年を追って写真入りで見て取れる。
孫たちの成長の記録にも、旅行日記、行事記録・・・・・・・・・・。
そしてこの歳になると、最高の呆け防止となる。特に暇な時期には最高の時間が提供される。
一般公開は年々心配される歳にきたが、ボケても継続できるように非公開のブログも選択肢に入れなくては。
爺は、死ぬ間際まで記録が残っているってね~てか?