牧之庵から閉店の御挨拶 御案内の通り、牧之庵は「令和元年(2019年)8月15日」をもちまして完全閉店となりました。      お客様に支えられて17年間、誠に残念では御座いましたが暖簾を下ろすことになりました。 これまでに賜りましたご厚情を心より感謝申し上げ、謹んで御礼の御挨拶を申し上げます。本当にお世話になりました。幸か不幸か、牧之庵の閉店の翌年から新型コロナが現われ、5類に移行したとは言え未だ終息の気配がありません。そんな中で、ロシアによるウクライナへの侵攻、パラリンピックが始まったばかりの日本だったのに、未だ終わりが見えません。どうなってしまうんだろう? 強権的独裁者の出現は国連の機能不全を生じ、中東でも戦禍を被り続ける。不安だね~怖いよね~.   そんな不安定な情勢の中で、新年度は世情安定を祈りつつ迎えたかったが、正月早々から能登の大地震。別件、近況は自民党の裏金、派閥問題で大騒動。兎に角、能登だけは、何があっても最優先、一時のロスタイムは許されないぞ! 先ずもって、この度の「能登半島地震」に遭われた能登の皆様に心よりお見舞いを申し上げます。       お亡くなりになられました多くの御霊に謹んでご冥福をお祈り申し上げます-合掌ー   トップ画像を替えました。これは、我が家の裏の畑でトウモロコシ(2回目)の種蒔きをする孫. 題して「ジジとトウモロコシの種をまく孫(小学2年生)」2022.5.29の写真をつかいました。

*41年ぶりに

26日のテレビで放映された翌日、41年ぶりに長岡市の高校の同級生が牧之庵に来てくれた。
ふと観ていたら、僕の名前が報じられていて、もしやと思って、卒業アルバムを開いたという。
南魚沼市で60歳(実はまだ、59歳なのだが)、昔の凛々しい?姿はないが、それとなく面影があって間違いなしと思いきや、早速行ってみようと思い立ったらしい。
電話が鳴って、運良く僕が受話器を取った。
「◯◯と言いますが、お宅さんは、◯◯高校卒業の高橋富一さんですか?」、◯◯さん?、何しろ41年も前の同級生、卒業後は一度も会っていないしクラスも違う、??????。
「失礼だけど、この頃は呆けだして名前と顔が一致しないが、合えば分かるだろうね?」と答えておいた。
来るまでに卒業アルバムで確認しようと思っていたが、時間がなくて確認する前に来てしまった。
他のお客さんのオーダーを出し上げて、店に顔を出した。
彼は、奥さんと二人で、食事の最中。取りあえず、挨拶をしてお顔を拝見?
暫くは分からなかったが、名前と住所を聞いてやっとの事で記憶が甦った。「ああ!君か!」
何処かで不意に会っても、おそらくお互いに分からないだろう。41年間は長い、全く見知らぬ同士に変貌してしまった。
閉店後、暫く、過ぎ去ったあれからの事を雑談した。
誰それはどうしてる、あいつはあの世に行った、あいつは、誰それと一緒になって孫が何人だよ、奴は所在が分からずだよ、昔々の同級生のこと。
牧之庵を始めたお陰で、これから先、会えず終いだったであろう同級生に何人も会えることができた。
それだけでも、嬉しい出来事、価値ある時間だ。