6月21日の4回目の秩父札所巡りを最後に今日まで(11/08)暫し中断していた。
御朱印は、34ヶ所観音の全てから頂戴していたんだが、唯一ヶ所26番の円融寺は、本堂(納経所)から観音堂(岩井堂)がもの凄く離れた場所にあり、
先回(5/31)は遅い時間に到着した関係で観音堂までは巡る時間がなくて、やむなく下の納経所で御朱印だけを頂いていた。
要約、時間がとれて今日行ってきたよ。
予てから、札所8番の西善寺(さいぜんじ)のコミネモミジの紅葉時期に再度訪れたいと思っていたので、今日の巡回コースに入れたんだね。
予報では雨マークが出ていたんで、岩井堂の三百余段の階段上りが心配だったんだが、幸いにも予報が外れてラッキーだったよ。
先ずは、ストレートに円融寺(岩井堂)に直行する。
円融寺本堂前の広い駐車場に車を駐めて、先ずは本堂に参拝。
円融寺の本堂
本堂右脇の山道
その昔はこんな山道を歩いて山頂の観音堂まで登ったんだよね
観音堂(岩井堂)へは、本堂脇の山道を山伝いに歩き、昭和電工のもの凄く広い敷地内を通って、外れにある琴平神社の右脇(または、琴平神社の石段を登って、神社から観音堂に行くコースもある)を進み、三百余段の石段を登っていく。
円融寺から山伝いに百メートル余り歩くと、昭和電工の工場敷地に通ずる。工場建設当時、開発工事で昔の山道がなくなっちゃったんだろうか?
工場敷地内は歩道案内がされているのでスムーズに観音堂登り口まで辿れる。
観音堂の登山口には道案内があるが、通常は琴平神社参道石段(写真上の右&中央)の右脇からのコースらしいが、僕等は、琴平神社経由で参道石段を登っていった。
神社の石段を登り切ると(どうなんだろう?全体的には3分の一程度は登ったのかな?)、本堂から一段下がった境内に相撲の土俵があるんだね。(写真右上)
なんだ?こんな高い場所で奉納相撲でもあるんかいな?
歴史があるんだろうね? この場所に上屋まで備えた土俵があるなんて、仔細は存ぜぬが歴史を感じるね。
何で?こんな高い場所に、わざわざお宮を造って、こんな場所で相撲なんじゃ?まあ、そんなこと知ったこっちゃなかろ。
そんな不思議な世界を見ながら、目指すはもっともっと上の方じゃ。
さすがに巡礼者の足跡は凄い!急で狭い登山道(参道)だが、木々の根っこがすり減って、巡礼者の多さを物語る。
登り切ると江戸中期の建造物といわれる舞台造りの観音堂(岩井堂)が迎えてくれる。
こんな山頂に、あの当時はどうして建築材料を運んだろうか?
勿論、機械なんて無かった時代、全てが人力作業だったんだろうから、凄いよね〜! 想像すら出来ない世界だよね〜。
昔の人は凄かった!信仰心は如何ばかりか?
だけど、あの昭和電工の社員も凄い!
僕等はお昼の時間帯に到着したんだね。会社の敷地のなかにある歩道帯を通らせて貰って行くんだけど、大勢の社員がお昼時間のために社員食堂か何処かに歩いて行くんだけど、皆さんが「こんにちは」って、笑顔で挨拶してくれるんだ。
もの凄く良い感じなんだね。観音堂の登り口まで数百メートルも歩かなくっちゃいけないんだけど、中間くらいのところに守衛さんの検問所みたいな所があって、ちょっと行き先を尋ねたら、これまた親切に教えてくれたんだ。
ほんとに良い会社だなあ〜って、対応で直感したよ。
それとね、社員の何人かがお昼時間に観音堂まで登ってるんだよ。
散歩にしちゃ〜、ちょっときついよね。
お参りをしながらのトレーニングなんだね。
丁度出会った人に尋ねたんだ。すると、これまた丁寧に教えてくれたよ。
「神社の脇の石段は滑るし、ちゃんとした石段じゃないから、こっちの神社の階段を登って行くコースの方が楽ですよ」ってね。
お陰で、楽をして安全に気持ちよく参拝が出来たよ。感謝、感謝である。
参拝し終えたら腹が減ってきた。
昼食場所は前もって決めていた。先回食べてお気に入りのババのリクエスト。
「野さか」の「豚みそ丼」なんだ。
営業時間は11:00〜豚みそが無くなるまで。円融寺に行く途中(11時半頃かな)、車が駐車場に満車で、店の前には行列ができてたよ。
参拝終えて野坂に来ると、来るときと変わりない。やっとの思いで駐車を確保、店頭に置かれた順番リストに名前を書いて暫し順待ち。
でもね、回転が早いんだよ。そんなに待たなくても直ぐに順番が回ってくるんだ。
今回も豚みそ丼、ジジは大盛り、ババは並。いや〜、やっぱりんめかったない。
今日は、ここまで、仕上げは明日書くべかない。