今年のお盆が、また一回終わった。はや〜い、早い、あっと言う間にお盆が来て、騒々しい中で過ぎ去って行った。
これからの魚沼は、駆け足で秋が深まり、ビックリするほどの速さで季節が移る。
盆明けの17日は久しぶりの雷雨が来た。ゴロゴロゴロ、雷が鳴り、雨だ。
雨が少なかったこの夏、おお!良い露気が来るぞ、と期待させて、もう一降りのところで止んでしまう。
肩透かし雨の連続だ。
乾ききった大地は、これっぽっちの雨ではホコリ止めにもならないが、然りとて、去年の豪雨の記憶が裏返しに暗として脳裏を掠める。
ここ2日ほどは、残暑が厳しい。今日も朝から暑い!
☆13日は神社境内の草刈り作業&お墓参り(神社祭礼の前準備作業)
我が集落(戸籍上は大木六新田−通称は古川と呼ばれるが、その由来は定かではない)では、13日の茶前(朝飯前)の6時からは、神社の境内と、隣接する集落共同墓地の草刈り清掃の日と決まっている。
去年までは、この草刈りの他に重労働の作業が一つ加わっていたが、必要なくなったんだね。
村民の共同作業の一環だが、神社の参道両脇に建てる祭典用のぼり旗、十数メートルの長い丸太竿を、格納庫から運んできて、力を合わせて建てる。
しかし、この夏から、村内の篤志者によって、常設の鉄柱が寄進され、この作業が不要になったんだ。
随分と楽になった。年々加速される高齢化の現下、実に有り難い事で、そのご好意に感謝である(写真下、後方に見える鉄柱の幟竿)。
神社境内の草刈りは、一ヶ月ほど前に、老人クラブ(古川寿会)で綺麗に清掃され、その後も自主的に草刈りがなされて来た。
芝刈り
つい1週間前にも、一部会員のご好意で機械による芝刈りが行われて(写真上)、13日の当日作業は、ホントに楽だった。芝刈り機の効果があって、見事に芝が増殖したようだ。
神社境内が、こんなにも見事に芝で被われている場所は、曾て見たことがない。カテゴリー「おらほの一番」で紹介したいほどだよ。
お墓参り
☆15日は恒例のバーベキュー大会
村の鎮守様のお祭り。
ドンドンヒャララ、ドンヒャララ、僕等が子供の頃の鎮守様のお祭りが姿を消して久しい。
そして、村から青年会が無くなって、これまた暫くの時間が経過した。
考えてみれば、僕等の年代(団塊の世代と呼ばれているが)が、戦後の青年会の活動のピークであり、衰退したのも我等が青年会から卒業してすぐのこと。
その後は、日本の人口構造と比例して、青年層の減少期に入ってしまった。
当時の(我が集落では二十数年も前の話)鎮守様のお祭りの担当は、青年会が全てを担い、執り行って来た。
青年会消滅以降は、集落全体で祭典を維持してきたが、実に空しい現実である。
この現象は、当集落に限った事ではない。近隣を見渡せば、集落の大小を問わず、同じ様な現実が待っていた。
盆踊りも姿を消して久しい。いまや、唄い踊り継がれてきた昔からの盆踊り、それに合わせて叩く太鼓の技も、時間の経過と共に消え去ろうとしている。空しいね〜、寂しいね〜、悲しいね〜。でも、こればっかりはどうにもならない、後継者がいないんだからね。
そんな時代背景があって、かれこれ、三十年もバーベキュー大会に変身してしまって今日まで、しかし、実を言うとこれももう飽きた!他になんかすることがないのかね〜?まあ、そんなところよ。
限界集落、う〜ん、もう寸前かいな〜?やだない、情けないが実情なりよ。
☆16日は神社の本祭り(祭祀)
朝8時から宮司をお招きして祭祀が行われる。
各戸一人の氏子が神社の中に集まって、宮司が来て儀式が催される。
しかし、この一年間の中で、家族や近い親戚の中に不幸があると、神社の中には一切入らないし、関わりを持つ事ができない。
今年は、俗に日の悪い家が多かったので、参加者が少なかった。
大神宮様が祀られる奥の院で祝詞奏上の宮司 祭祀に参加した氏子衆